はじめに
どのようにすれば学習者中心のプロジェクト型学習を実現できるか「評価」の観点から考える連載シリーズ『評価から考えるプロジェクト型学習(PBL)』。
第1回では、評価(アセスメント)の語源にさかのぼり、その目的は「生徒が自律的に学ぶ力をつける」ことと「先生が生徒の学びを個別最適化する」にあると述べました。さらに、生徒の成長を見守ることを目的として、活動の難易度を調整する際に有用な「コンフォートゾーンモデル」と「足場かけ」を提案いたしました。
今回は、それらのモデルを土台にして「学習者中心」のプロジェクト型学習(PBL)など探究的な学びを実践するために、より具体的な評価の項目と方法について考えます。
相対評価から絶対評価へ
第1回では「生徒の現状に目を向ける」必要性を強調しましたが、ただ生徒の作品や実演のみを見るだけでは、それを評価することはできません。というのも、「ある基準」と現状を比べてはじめて、その基準を上回るか、それとも下回るかを判断できるためです。つまり、評価において「何と比較するか」が重要なポイントであり、そこで議論になるのが「相対評価」「絶対評価」という観点です。
一般的には「相対評価」とは、他者を基準にして集団の中でどの位置にいるかを判定すること。そして、「絶対評価」とは、学習のゴールを基準にして個人の成長度合いを判定することです。たとえば、前者には「偏差値」や「ランキング」、後者には「検定試験」や「ルーブリック」による評価があてはまります。
現在の学習指導要領には「いわゆる絶対評価」という注釈付きで、「目標に準拠した評価」という表記になっています。一人ひとりの成長度合いに個別最適化した学びを提供するためには、他者と比較し競争させる「相対評価」ではなく、一人ひとりの成長度合いをベースに目標を立てる「いわゆる絶対評価」である「目標に準拠した評価」こそが求められているのです。
三段階の評価項目
では、生徒は何を身につけることを目標とすればよいのでしょうか。2020年度より改訂が進む新しい学習指導要領に向けた中央教育審議会の答申『児童生徒の学習評価の在り方について(報告) 』によれば、生徒の成長を評価する際には下記の三段階の評価項目に注目して評定する(成績をつける)必要があるとしています。

「知識・技能」は文字通り各教科における知識の理解や技能の習得を評価することです。いわゆる、教科の知識や技能があてはまります。小学校算数の四則演算、中学校英語の英単語や英文法、高校世界史の歴史的事実などが代表的な例でしょう。
「思考・判断・表現」は、習得した「知識・技能」を活用して、問題解決のために必要な思考力、判断力、表現力を評価することです。例えば、直接測れない高い木の高さを測るときに直角二等辺三角形の性質を利用すること、環境問題について調べその解決策をプレゼンテーションする活動、歴史上の人物になりきって演劇をする活動などで発揮されます。
三段階目の「主体的に学習に取り組む態度」は、①「知識・技能」や「思考・判断・表現」力を身につけるために、粘り強く取り組む態度と、②自らの現状を知り学習内容と方法を調整することの2つの側面をバランス良く評価することです。例えば、プレゼンテーションのために他者からの助言を活かして「より伝わる方法」を考え出し、その方法が身につくまで練習したときに発揮されたといえるでしょう。
まとめると、「知識・技能」の活用のための「思考・判断・表現」、そして「知識・技能」や「思考・判断・表現」を身につけるための「主体的に学習に取り組む態度」というように、三段階の評価項目は深くつながっていることがわかります。
総括的評価から形成的評価へ
ただ、この三段階の評価項目を、定期テストや最終成果物だけで評価することは不可能です。そこで、最終成果物だけではなく学びのプロセスを評価する「形成的評価(Formative Assessment)」という評価手法を紹介します。
評価の手法は大きく2つ、単元の終わりに評価する「総括的評価(Summative Assessment)」そして、学びのプロセスの中で行われる「形成的評価(Formative Assessment)」に分かれるとされています*1。しかし、オーストラリアの教育学者ロイス・サドラーは「総括的評価」と「形成的評価」の本質的な違いは「タイミング」にあるのではなくむしろ「目的と効果」にあるとしています(1989)。
試行錯誤する学びのなかにある不確実性や非効率性を減ずることで、生徒の資質や能力を向上させることを目的とする形成的評価(Formative Assessment)は、実演、作品、仕事などの「生徒がしたこと」を質的側面*2から評価する手法です。
それとは対照的に、総括的評価(Summative Assessment)は、生徒の達成状況をまとめることが主な目的で、特に「修了」や「認定」をしてコースの終了時に報告することを目的にしています。
(中略)
形成的評価と総括的評価の本質的な違いは、タイミングではなく目的と効果にあるのです。
ここで、形成的評価は、単なる「プロセス評価」ではないことが重要です。形成的評価は、学びの活動を通じて生徒の資質や能力を形づくることを目的としています。したがって、探究的な学びに不可欠な試行錯誤に形成的評価の枠組みを導入することで、学びの質を高めていくのです。
形成的評価でフィードバックループを回す
さらに、サドラー(1989)は、学習者を中心に考えた上で、形成的評価を動的なプロセスとして紹介しています。鍵となるのは2つの要素、「フィードバック(Feedback)」と「セルフ・モニタリング(Self-monitoring)」です。フィードバックは、基準からみた現状について他者などの外部から与えられる情報、そしてセルフモニタリングは、自らの現状を見つめ直し、自らことばなどで表現した情報です。フィードバックとセルフモニタリングを繰り返すことを「フィードバックループ(Feedback Loops)」といい、生徒はその中で(1)評価基準を理解し(2)現状のレベルと基準を比較し(3)基準と現状の差を近づけるための活動をする中で、先程あげた評価項目の「知識・技能」や「思考・判断・表現」を学びます。そして、このループを繰り返していくことで、だんだんと生徒のセルフモニタリングがフィードバックに近づいていくことで、自らを評価する目が養われていく「主体的に学習に取り組む態度」まで到達すること、それこそが形成的評価の最大の目的です。
フィードバックループを促進することで生徒がイキイキと学ぶようになった事例がアメリカの教育政策研究者リンダ・ダーリン=ハモンドらの書籍『活動における真正な評価(未邦訳、原題:Authentic Assesment in Action)』(1995)に紹介されています。それは『アキームくんの物語』というニューヨークの公立小学校、ブロンクス・ニュー・スクールの小学校3年生の実話に基づく物語です。アキームくんはいわゆる教室では問題児とされてしまう、気分の変化が激しくてよく周囲にちょっかいを出して迷惑を掛ける生徒でした。そして、そのアキームくんはなぜそのような行動を取るのかを継続的に観察・分析し、アプローチし続けたスーザン先生の報告が詳細に記されています。
スーザンは、注意深く観察し、日々の記録を振り返って学んだことをもとに、アキームの成長を助けただけでなく、自分の考えやアプローチの仕方も変えていきました。彼女は、伝統的な教え方に囚われた授業では、さまざまなタイプの子どもたちやさまざまなタイプの知識が排除されてしまうことに気づいたのです。
例えば、リーディングの授業のとき、スーザンは継続的な評価をしていると、アキームは音声的なスキルは高いものの、読んでいる内容をほとんど理解していないことに気づきました。フォニックス(文字から音を推測すること)に頼るばかりで活字を解読できていなかったのです。(中略)アキームは読書から意味を得るための知識やスキルが不足していることに加えて自尊心が低いので、新しいことにチャレンジすることをためらっていました。あるとき、スーザンはアキームが本の読み始めに「挿絵」に最も興味を示すことを発見し、絵が綺麗に書かれている本を紹介して、文字を読む前に絵を見る時間を十分に取るようにしました。これはあくまで一例ですが、それから様々にスーザンがアプローチしていくことで、アキームはまず自分から本を探すようになり、興味関心を高め、最終的には自らスムーズに読書をすることができるようになりました。
そして、スーザンや他の教師もこのようにアキームに働きかけはじめると、彼は知識、考え、スキルをそれまでのものにどんどん結びつけて学んでいきました。ついに、彼は自らが持つ隠れた強みや才能を発見し始めたのです。
スーザン先生はアキームくんを注意深く観察し、形成的評価を続けることでフィードバックの仕方を変え、足場かけをしていったことがわかります。この他にも、スーザン先生はアキームくんが得意な工作を安心してできる環境を教室に用意することで、アキームくんの想像力をかきたて、集中して取り組めるようにしました。それを続けていくうちに彼の自尊心は高まり、他の生徒と共に学ぶ「宇宙」をテーマにしたPBLでは、得意とする工作の力をみんなの前で発揮することができました。アキームくんはその活躍から周囲から認められ、それによって自分の得意なことに目覚めることにつながり、最終的には得意なことを活かして自律的に学ぶまでに成長していったのです。
まとめ
今回は、三段階になっている評価項目を軸にして、形成的評価のプロセスとそのゴールについて考えました。形成的評価とは、フィードバックとセルフモニタリングを繰り返す「フィードバックループ」によって生徒の学びを手助けをすることであり、最終的にはフィードバックなしで生徒が自ら学びの目標を立て試行錯誤することができるようになるレベルを目指すものです。
次回は、評価を意識したプロジェクト型学習の設計について、必要な要素やプロセスを紹介します。
関連記事
学習者中心の学びに欠かせない形成的評価とは[インフォグラフィック]
参考文献
中央教育審議会.『児童生徒の学習評価の在り方について(報告) .』文部科学省. 平成31年1月21日.
Darling-Hammond, L., Ancess, J., & Falk, B. (1995). Authentic assessment in action: Studies of schools and students at work. Teachers College Press.
Sadler, D. R. (1989). Formative assessment and the design of instructional systems. Instructional science, 18(2), 119-144.
脚注
*1必ずしも、この二分法が全てではありません。例えば、外国語学習の分野では学習者のスキルを種類ごとに細かく評価する「診断的評価(Diagnostic Assessment)」や、PBLやドラマエデュケーションなどでは真正な場での実演から評価するものを「総括的評価(Summative Assessment)」とは別に、「代替的評価(Alternative Assessment)」と表記される場合もあります。
*2サドラー(1989)によれば、質的側面から評価するときのポイントとして下記の5つを挙げています。
・個別の要素に分解しつつそれらの関係性も含めることで、基準を複数にする
・少なくともいくつかの基準は「あいまいな」ものにする(例:オリジナリティ)
・一回の授業では、評価基準全体の中から一部の基準のみを活用する
・評価の「正しさ・正確性」を追求しすぎない。
・なにかの数の和でスコアをつけず、スコアを使うのは必ず判定した後にする。
連載:評価から考えるプロジェクト型学習(PBL)
- 第1回『評価とは、「隣に座り助言する」こと』
- 第2回『生徒の成長を形づくる、形成的評価』
- 第3回『深い探究学習を支える形成的評価』
- 第4回『Coming soon…』
- 第5回『実践事例:「数字で見る六義園の変化」プロジェクト』
- 第6回『はじめよければ終わりよし?診断的評価で学習者を理解する』

ブリッジラーニング主宰 | 一般社団法人 FutureEdu 理事 | 慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 後期博士課程
学びの研究と実践の両輪で走り続けるジェネレーター。専門は認知心理学、学習科学、教育工学。2020年3月まで探究する学びを実践するマイクロスクール、特定非営利活動法人東京コミュニティスクールで初等部教員を務める。子どもたちと様々なテーマについて教科融合型で探究する学び「テーマ学習」を実践。また、学びのデジタル化やICTの学びのグランドデザイン、Google Classroomを活用した探究型学習のデジタル化及びテクノロジーを活用した業務効率化を推進し、2019年8月にはGoogle for Education認定イノベーターの一人に選出された。
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程修了。修士(政策・メディア)
「評価から考えるプロジェクト型学習(PBL)第2回『生徒の成長を形づくる形成的評価』」に4件のコメントがあります