どのようにすれば学習者中心のプロジェクト型学習を実現できるか「評価」の観点から考える連載シリーズ『評価から考えるプロジェクト型学習(PBL)』。
第6回は『はじめよければ終わりよし?診断的評価で学習者を理解する』と題して、プロジェクトをはじめるときに実施すると効果的な「診断的評価」について実例を交えてご紹介します。
なぜ、学習が始まったばかりで「評価」をするのかその効果と必要性について考えてまいりましょう。
「診断的評価(Diagnostic Assessment)」とは?

本記事では、「診断的評価」をPBLの三段階の中で「学びのはじまり(プロジェクトローンチ)」のときに行われる、学習者の事前体験・既有知識を知るための “狭義の” 「診断的評価」としてご紹介します。
(広義には、現状把握を目的として診断的に行われるすべての評価が診断的評価であるという見解もあり、形成的評価や総括的評価のありかたとして「診断的評価であるべき」という意見もあります。)
英国教育基金財団(Education Endowment Foundation)が発行する資料、Evidence insights には、診断的評価の有用性と、診断的評価だけでなくあらゆる評価において注意しなくてはならない必要なポイントを明確にしています。
診断的評価は、生徒がどのようなことを考えていて、どのようなことが得意で、どのようなことが苦手なのかを振り返り、理解を深めるためのものです。
Diagnostic assessments provide opportunities to reflect on pupils’ thinking, strengths, and weaknesses.
(中略)
診断的評価を効果的に行うことができれば、生徒一人ひとり、またはクラスや学年全体における「発達の領域:次にどんなことを学んでいけばよいのか」を明確にすることができます。また、生徒が抱いている誤解(misconception)を特定するのに役立つ方法もあります。
When used effectively, diagnostic assessments can indicate areas for development with individual pupils or across classes and year groups. Some methods can also help teachers isolate the specific misconceptions pupils might hold.
診断的評価とは、生徒の現状を理解するための評価方法だといえます。診断的評価をすることによって、その次に実践する学びの活動やその計画を軌道修正できるのです。
更にこう続けられています。
どんな形式の評価にも共通する大事なポイントですが、「なんのために評価するのか」を教師が認識していなければなりません。
それは、評価がどのような情報を生み出し、生徒の理解につながるように設計されているのか、そして、その情報がどのようにその後の授業計画に反映されるのかを明確にしてから実施する必要があるのです。
Regardless of what form they take, it is important that teachers know why they are conducting assessments prior to using them. It should be clear what information the assessment is being designed to produce, and how this information will inform subsequent decision making.
「どんな情報を得るためにその評価を実施するのか」そこに注意を払う必要があるということです。
もちろん「診断的評価」は、国語・算数/数学・理科・社会・英語などの教科の学びを作るときに有用な評価法ですが、それにもまして、プロジェクト型学習にこそ有効であり必要なものといえます。
まずは、プロジェクト型学習『数字で見る六義園の変化』で行われた診断的評価の実例を見てみましょう。
実例:「数字で見る六義園の変化」プロジェクトの診断的評価
前回記事でご紹介した聖学院中学校の1年生で実施された「数字で見る六義園の変化」では、プロジェクトをはじめる際の診断的評価として「変化」をテーマに活動を行いました。
(1)「変化するもの」「変化しないもの」の2つについてブレインストーミングをする

まずは、今回のPBLがテーマである「変化」について考えるものだと伝え、「変わるもの」「変わらないもの」についてそれぞれ連想した上で、付箋に書いて分類しました。

紙を半分に折って左を「変わるもの」そして右を「変わらないもの」として、付箋に書いて貼っていきます。ワークシートを写真に撮り、Google Classroomやロイロノートで集めればクラス全員が思う「変わるもの」「変わらないもの」を瞬時に知ることができますし、それぞれの考えをクラス全体で共有することも簡単です。
(2)今回のフィールドとなる六義園についての簡単な質問

そして、PBLのタイトルである「数字で見る六義園の変化」を紹介し、今回のフィールドであり、近隣にある史跡「六義園」について、生徒たちの事前体験を聞いていきます。
近隣にあるからこそ、名所でも行ったことがないということはよくあることなのではないでしょうか。「行ったことがある」と答えた生徒はちらほらいるくらいで、多くの生徒たちは「駅の案内板で名前を見たことがあるものの、行ったことはない」と答えていました。

同僚の先生がたにも同じアンケートを事前にしてみたところ、六義園に行ったことがある先生は約半数。今回のPBLのテーマでもある「数字」での表現に意識を向けつつ、プロジェクトの世界へと入っていきます。
生徒の「変わるもの」「変わらないもの」についての事前知識
それでは、(1)で集めた生徒のアウトプットを少し見てみましょう。

この生徒は、用紙を右半分と左半分にしっかりと折って「変わるもの」「変わらないもの」に分けて考えています。変わるものには物理的な「水」や「時間の流れ」などもあれば、「夢」などの精神的なものも入ってきています。
また、変わらないものには、「昔の歴史」や「名前」「写真」などを書き出しました。

こちらの生徒は、変わらないものとしてどの生き物も必ず迎える「死」、そして過去のことである地球の歴史や、なかなか収まることのない「人類の争い」について書き出しました。反対に人類の技術や人々の考え方など、「社会的なことがら」に目を向けて書き出したようです。

最後に、こちらは「変わらないもの」だけを出している生徒。「時間」「気温」「天気」と、一見変わりそうなものですが、今までの三人を通してみてみることで、「変わらないもの」には「私達の手で変えられないもの」と「不変なもの」の2つが混ざりあった概念となっていることがわかります。
一見、「変化しないに入れているのに、これは明らかに変化するだろう」と大人の目で思うことも、何人かを並べて眺めてみることで、生徒たちがどんな「考えのプロセス」を経て「変化するもの」「変化しないもの」を考えたのかを垣間見ることができます。
さて、それでは上記で見てきた診断的評価が、なぜPBLにおいて効果的で必要だと言えるのでしょうか?診断的評価をプロジェクト型学習で行う必要性と、それによって得られる効果に的を絞って、考えていきましょう。
なぜ、PBLにおいて診断的評価が効果的で必要なのか?
PBLにおいて診断的評価が効果的で、かつ必要である理由は3つあります。
1. プロジェクトで生徒一人ひとりがどんな成長を遂げたかを捉える
〜よくあるPBL実践の悩み〜
– プロジェクトで行った模型制作では、もともと手作業が得意な子が目立ち、高い評価を得ていた。
– プレゼンテーションコンテストでいつも同じ子ばかりが表彰される。
PBLを実践されている先生がたにとってよくあるご経験だと思います。
そんなとき、こんな問いについて考えてみるのはいかがでしょうか?
今回のプロジェクトによって生徒一人ひとりが、どんな成長をどのくらい遂げましたか?
PBLのアウトプットは、プレゼンテーションや演劇パフォーマンス、プログラミングや模型の作成など、プロジェクトで学ぶ以前に、得意な子とそうでない子の実力の差がそのまま影響しやすいものばかりです。また、PBLでは発表会や展覧会などで学校外のゲストなどから評価を受けることもよくありますが、学校外のゲストのみなさんが評価するときには、それまでの文脈を知らないためその場に見えてくるアウトプットの仕上がりから評価するしかありません。
「プロジェクトによる生徒の成長度合い」を捉えるためには、生徒一人ひとりがプロジェクトを始める前と、終えた後でどう変わったかを比較しなければならないのです。
特に、点数で数値化することが難しいPBLでは、大変重要なポイントです。プロジェクトをはじめた当初の生徒の理解や認識と、プロジェクトが終わった後の理解や認識を見比べることが教師にとっても、もちろん生徒にとっても学びの大きいことでしょう。
それゆえに、プロジェクトをはじめるその前に、生徒たちがプロジェクトで取り扱うトピックやスキルについてどのような状態なのか把握する「診断的評価」が必要なのです。
2. プロジェクトの難易度や計画を調整するときの判断材料にできる
〜よくあるPBL実践の悩み〜
– ゲームをつくって社会課題を解決するプロジェクトをはじめたが、多くのグループが最後まで作りきれなかった。
– PBL内でグループワークをしても、すぐに『終わった』と言ってテーマに関係ないことを他の生徒と話している。ただ、確かに活動の内容は既に終わっている。
これもまたPBLを実践される先生がたにとってよくあるご経験ではないでしょうか。
そんなとき、こんな問いについて考えてみるのはいかがでしょうか?
今回のプロジェクトが、生徒にとって難しすぎたのではないか?
あるいは
今回のプロジェクトが、生徒にとって簡単すぎたのではないか?
PBLで取り扱う内容や求められるスキルは、大人が実社会で仕事としているようなプログラミングや電子工作などから、コラボレーションやリーダーシップなどのソフトスキル、そして数学や理科などの教科知識などのハードスキルまで、多種多様です。要求される知識やスキルが、生徒一人ひとりにとって容易に実現可能なものなのか、少し背伸びをするくらいのチャレンジなのか、難しすぎて手をつけられないのかを判断するためには、事前情報なくして至難の業となることは明白です。
そんなときにも、「診断的評価」が大いに役立ちます。生徒一人ひとりがどんな「PBLの下地となる知識やスキル」を持っているのかを知ることで、どのようなコンテンツやアプローチでPBLに取り組んでいけばよいか明らかになります。
例えば、この連載で具体的な事例として紹介している「数字で見る六義園の変化」のプロジェクトでは、PBLの下地となる知識について知るために、中学1年生なら誰でも知っている「変化」について考えるところからはじめました。誰でも何らかのイメージや体験をしている「ことば」をカギにして診断的評価を行うことで、どんな内容を設定するかの判断材料にすることができるのです。
3. 生徒が自分とPBLのテーマとのつながりを見出す足がかりになる
〜よくあるPBL実践の悩み〜
– 林業問題は、地域の課題でもありSDGsにもあって私(教師)は大変面白いテーマだと思っている、しかしプロジェクトがはじまってから生徒たちの反応が悪く、あまり乗ってこない。
– PBLになると、いつものめり込む生徒と全くのめり込めない生徒の差が激しい。あるいは、いつも特定の生徒ばかりが動いている。
これもまた、PBLを実践される先生がたにとってよくあるご経験ではないでしょうか。
こんなとき、こんな問いについて考えてみるのはいかがでしょうか?
生徒一人ひとりが、PBLのテーマと自分とのつながりを見つけられているか?
PBLで取り扱うテーマは、地球規模の環境問題や人種差別などの社会問題、個人的な問題など、千差万別です。もともと社会問題について興味・関心の高い生徒もいるかも知れませんが、もしかするとそれは少数派かもしれません。では、どうすれば生徒がテーマと自分とのつながりを見つけ出すことができるのでしょうか?
「診断的評価」の副次的な効果と言えるのかもしれませんが、仮にそれまで興味や関心のないテーマであったとしても、PBLのテーマについての自分なりの何らかの考えを出してみることで、探究を進めていくための入り口に立つことはできます。
いきなり「エネルギー問題」や「貧困問題」から入るのではなく、例えば誰でも身近に答えられる「電気」や、耳にしたことがある「平等」ということばから入っていくことで、「突然テーマが降ってきて押し付けられる感じ」を和らげて、本丸のテーマについて探究していくための入り口に立つことができるかもしれません。診断的評価には自分とのつながりを見出すための足がかりとなる副次的な効果があると言えます。
既有知識を調べるためのアクティビティ5選
1. ヒンジクエスチョン(次に進むための前提知識を測る問い)
ヒンジとは、ドアと建物をつないでドアが開くようにする金具、蝶番(ちょうつがい)のことです。つまり、ヒンジクエスチョンとは生徒が次の学習に進むために必要な知識を問うための問いです。
多くは、「正確な理解」なのか「よくある誤解」なのかどうか、うまいひっかけになっていてクリアに見極められる問題が良いヒンジクエスチョンのポイントです。特に、複数回答にして生徒がしがちな「誤解」をうまく入れ込むことで理解度合いを知ることができます。例えば、力学を使った装置を作成する探究を行うとき、下記のような問題に事前に答えてもらうことが考えられます。
以下のうちどのスポーツにおいて「摩擦力を下げる」工夫をすることによって記録を伸ばすことができるでしょうか?
- 走り幅跳び
- ボブスレー
- マラソン
- 水泳
走るときには摩擦が少なければ沢山進むように素朴に思うかも知れませんが、走り幅跳びやマラソンの記録を伸ばすためには、逆に靴と地面との摩擦力や、地面から反発する力が必要ですよね。
2. 気軽なクイズ
「気軽な」とは、英語で言えば「ローステーク」と言い、定期テストのようにたくさんの問題を出題して精密に成績を決定するような「ハイステーク」のものではなく、気軽に答えられる少数の自由回答式のクイズなどのことを指します。
例えば、歴史について探究したいとき、コンテンツとして第二次世界大戦を使うならば、下記のような問題に答えてもらうことが考えられます。
第二次世界大戦が起こった原因はいったいどんなことだったのでしょうか?知っていることや思い浮かんだキーワードなどを書いて下さい。
この問いに簡単に答えてもらうことによって、それぞれの生徒がどんな知識を持ち、理解をしているのか(あるいは、何もかけないのか)ということがわかります。
3. マインドマップづくり
PBLのテーマで取り扱う事柄について、マインドマップを書くことも効果的です。上の事例でも取り上げたように「対象とする学年の生徒たちなら誰でも知っているような単語」からはじめるのが良いでしょう。
例えば、音について探究をしたいとき、物理的な性質などについても調べつつ、作曲等をしたいのなら、ストレートに「音」をテーマにしてマインドマップをつくってみるのも良いでしょう。
4. ブレインストーミング
マインドマップ以外にも、思考を整理するグラフィックオーガナイザーなどを活用してブレインストーミングをすることも効果的です。
例えば、上に紹介した事例では「Tチャート」を使って「変化するもの」と「変化しないもの」についてブレインストーミングを行いました。教育界隈では色々なグラフィックオーガナイザーの活用があります。インターネットで検索をするとすぐに出てくるので、ぜひお調べ下さい。
5. グループディスカッション
上記のクイズやマインドマップに加えて、PBLのテーマでグループでディスカッションをすることも効果的です。
例えば、個人でマインドマップやブレインストーミングをしてみて、それをグループでシェアすることで、ディスカッションをすることで一人では思いつくことのできない意見との出会いをつくることができるでしょう。
まとめ
診断的評価は、まさに「はじめよければ終わりよし」をプロジェクト型学習で実現するために最も大切なものと言えるでしょう。実践のポイントは、「誰でもなにかのアウトプットができるお題と活動であること」につきます。
特に、診断的評価については、「いきなりどんなことが出てくるかわからなくて怖い」という声を先生方から聞くことがありますが、取り上げた事例のように一人一台の端末を活用してアンケートを取ったり、個人ワークでマインドマップを書く活動にしたり、まずは、はじめやすいところからやってみるというのでも大丈夫です。
もしも次にプロジェクト型学習をはじめるときには、今回の記事をご参考に診断的評価のための活動を考えてみてはいかがでしょうか。
連載:評価から考えるプロジェクト型学習(PBL)
- 第1回『評価とは、「隣に座り助言する」こと』
- 第2回『生徒の成長を形づくる、形成的評価』
- 第3回『深い探究学習を支える形成的評価』
- 第4回『Coming soon…』
- 第5回『実践事例:「数字で見る六義園の変化」プロジェクト』
- 第6回『はじめよければ終わりよし?診断的評価で学習者を理解する』

ブリッジラーニング主宰 | 一般社団法人 FutureEdu 理事 | 慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 後期博士課程
学びの研究と実践の両輪で走り続けるジェネレーター。専門は認知心理学、学習科学、教育工学。2020年3月まで探究する学びを実践するマイクロスクール、特定非営利活動法人東京コミュニティスクールで初等部教員を務める。子どもたちと様々なテーマについて教科融合型で探究する学び「テーマ学習」を実践。また、学びのデジタル化やICTの学びのグランドデザイン、Google Classroomを活用した探究型学習のデジタル化及びテクノロジーを活用した業務効率化を推進し、2019年8月にはGoogle for Education認定イノベーターの一人に選出された。
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程修了。修士(政策・メディア)